この可愛いハチワレさん・・・
名前を『ゴマ』といいました・・・
今はもう、名前を呼んでもお返事しません・・・
今日は、ゴマちゃんの命日です。
毎年この日は、ブログをお休みしてます。
でも今年は、振り返れる。そう思いつつ
少し胸が苦しいですが、頑張って書いてみようと思います・・・
アレさんの文章は、句読点がほとんどないので
読みづらいでしょうが、お付き合いくださるとうれしいです。
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・
当時、私方に住まうのはミュウ・チョビ・ウナの3頭で
日々寝る・あるいは寝る・もしくは寝るなどの日々を過ごしていました。
そこへ突如、連れ合いが瀕死の状態だった子猫を保護し
私はその子の看病をしました。
鼻気管支炎に貧血。母猫が育児を放棄したほどですから
危なかったかと思われます。でもゴマちゃんは頑張りました。
頑張って頑張って、虹の橋を渡ることもなくすくすく成長したのです。
先住猫の3頭とも、まもなく打ち解けました。
でもどちらかというと、ゴマは人が大好きだったようです。
御飯を食べ終わると必ずやってきて、何かムニャムニャ言いながら
私の横でおしゃべりするのが日課でした。
避妊手術を終えたのが、2歳の誕生日を迎える前。
これからもまだまだ一緒。揺るぎない未来があると思っていたのです
その頃の私は、まだまだ猫飼い未熟者で知らないことばかり。
それが仇となりました・・・2005年の7月。
ふぅ。一息入れましょう・・・
庭に咲くユリを花瓶に活けたのですが
ゴマはそれをおもちゃと勘違いしたのか
私の知らないうちに、口にいれてしまいました。
見つけた当初は花粉まみれでした。
その翌日からゴマは食欲をなくし、じっと横たわるだけ。
獣医にそのことを告げると、即入院となりました。
腎臓も肝臓もその機能を果たしておらず、危険な状態だと言われましたが
花で命が消えるわけがないと、私はピンときませんでした。
退院したら、大好きなキュウリをあげようだとか、首輪を新調しようだとか
そんなことばかり考えていたのです。
15日の朝7:30、携帯電話に獣医から連絡が入り
ゴマが息を引き取ったと聞かされたときも、言葉がよく飲み込めませんでした。
病院からの帰路の車中、Redioheadの『High And Dry』が流れてました。
助手席にはまだほんのりあたたかいゴマが丸くなってます。
スコールのように涙が一気に溢れ、車を路肩へ寄せ、わんわん泣きました。
その夜は、かごに入ったゴマと一緒に眠り、お別れの朝を迎えます。
ときおりウナがかごにやって来ては、ゴマに毛づくろいをしてました。
『ウナっち、ゴマはもう動かないよ』と言いかけたのですが
それはまったく言葉にはなりませんでした。
ゴマを失ってから数年経ちましたが、私に残されたのはただただ後悔だけです。
神様が順番を間違えたのか、あるいはそれを狂わせたのは私なのか。
色んな事をぐるぐるさせながら、それでもやっぱり私のもとには
縁あって子猫が舞い込んできます。
もっとちゃんと勉強しようと、いろんな書物を読みあさりました。
まだまだ知らないことのほうが多いですが、
こうしてブログを通じて、みなさまに教えていただくこともございます。
虹の橋のお話も、ブログがなければ知らなかったことのひとつです。
今日はいつもの猫マンガではありませんでしたが
最後まで目を通してくださって、ほんとうに有難うございました。
最近のコメント